Koning's Weblog

流浪の末のBlogでございます。コンピュータ、言語、歴史、等々。なんでもあり。

聖書という書物

 聖書。要するに英語で言う所のThe Bible。この本の面妖な所は名前を知らない人は恐らく居ない程に知名度が有りながら、読んだという人は実に少ないという希有な存在(憲法なんかもそうかも?)という事。

 更に言うとキリスト教信者(クリスチャンとでも言い換えてもいいし、宗派的な自称だったりする場合もあるので、適当に流すべし)、それも聖書をよりどころにしているとするプロテスタント諸派(というか福音派?)の方ですら、きちんと読んだという人は意外と少ない。

 せいぜい断片的にマタイの何章何節といった具合にしか読まれないのだ。

 これって聖書と言われてる一種の古代の全集本があまりに多岐に亘ってルト言う事なのだろうと思う。
 
 元々聖書として1冊に思われている本だけれど、大雑把に見ても旧約と新約という2つの系統に別れる。新訳ではなく新約というのは英語にするとNew Testament(新しい契約だったり、遺言だったりする)ということで少し判ってる人であればあぁ、ユダヤ教の契約に対するキリスト教の新たな契約ってことねとなる。

 で、旧約にしろ新約にしろこれもなんたらの書と呼ばれる別々の文書をひとまとめにしたという代物でそれぞれが数十冊の本の集合体なのだ。
 (まぁ、それでも注釈無しであればちょっと薄い辞書程度の大きさにはまとまるのだから、ありがたい。北伝仏教の経典を集めた新修大正大蔵経っつーのは100冊以上もある上に1冊1万以上ときたもんだ(笑)。あげく索引だけでも本が出来てしまう恐ろしさ)。

 そんなお陰で、実際矛盾に満ちている。
 新しい方の新約部門だけ見たって俺派閥の教義をふんだんに盛り込んだ対立するような書物だらけ。
 
 そもそもイエス(イエズスでもイェシュアでもいいんだけど)は道端で群衆にそれこそ猿でも判る口調で喋ったものを弟子だのを自称する皆さんが書き残した物だったりするわけで、伝言ゲームになってる場合だってあるわけで。この辺ファンダメンタリストな皆さんは大変だろうなぁと(というかだからこそ断片でしか読まないのか?とも穿ってしまえるわけだが)。

 で、異教徒というか多神教的文化背景に馴染んだ我々から見ると(無宗教っつー人の大半はこのカテゴリーだとおもうよ)それだからこそ面白いと言えるのだけれどね(笑)。Credo quia absurdum「不条理故に我信ず」と仰ったテルトゥルリアヌス(Quintus Septimius Florens Tertullianus)は実に素晴らしいというか(しかしいつからアウグストゥスだかアウグスティヌスが言った事になったんだろ?)。

 それでも最低限西欧文明というやつの揺りかごだし、少なくとも一度は読んでおくべき書物だろうとは思いますよ。中身をどう読むかは別としても最低限現代人として、インターネット環境なんてものがある人は一度は読むべきと。断言しちゃっておきます(笑)。
 

 

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